Doctorインタビュー

院長のあいさつ

こんにちは。尾口歯科クリニック院長の尾口英太郎です。
当クリニックは、2007年に現在の地で開業して以来、地域の方々の歯を一生守るホームドクターを目指してまいりました。
歯科技術も日々進化していますが、歯科医からの本音を言えば、治療だけで本当の健康を保つことは難しく、患者様ご自身の歯への意識、予防ケアが非常に重要な役割を占めています。
そこで、当クリニックは予防歯科に重点を置いて、自分の歯でしっかり噛むことができるお口の健康維持に努めております。快適な口中環境としっかり噛める自分の歯で、患者様の人生がより快適になるお手伝いをいたします。

子どもの笑顔に囲まれたクリニックです。

尾口歯科クリニックは、豊中市の中でも下町風情が残る「庄内」にあります。人間味のある温かい町です。 当クリニックのドアを開けると、待合室や診療室の壁一面に子ども達の笑顔の写真が貼られています。 「子どもは歯医者がキライ」というのは大人の思い込みで、当クリニックに来る子ども達は、みんな元気いっぱいに挨拶をして、笑顔で帰っていきます。 壁に貼られた笑顔の写真はスタッフが撮影した写真ですが、歯医者がキライで治療が怖くて泣いている顔は一つもありません。全員が元気いっぱいの笑顔です。

子どもは絶対に泣かせない!

悪い部分を治療しているのに、治療がキライで泣かれるのは、歯科医としてもツラいです。なので、子どもの治療は絶対に「ムリをしない」「泣かせない」というこだわりを持っています。

コミュニケーションを大切に

子どもだけじゃなく、もちろん大人の患者様も笑顔が絶えない雰囲気作りを心掛けています。 治療を始める前には、どんな治療をするのかをわかりやすく丁寧に説明して、患者様が納得して治療をうけられるように努めています。 歯が生え始めた赤ちゃんからご高齢の方まで、当クリニックにご来院頂く患者様の人生が、より豊かで快適になることを全力でお手伝いさせていただきます。

尾口歯科クリニック
院長 尾口英太郎

院長のりれき書

幼少期

大阪のおとなり、古都「京都」で生まれました。
幼い頃はかなりの泣き虫だったそうですが、お寺に行くと不思議と泣き止んだそうです。
そのせいか、今でも大仏を見に行ったり、神社仏閣を巡ったりするのが大好きです。

小学生時代

勉強が大好きだったので、おかげで成績も良く1番になりました。
もっと頭が良くなりたい、もっと勉強して良い学校に通いたいと思うようになり、親に相談して中学受験をしました。
今、自分で思い返しても、とんでもない小学生だったな…と思います。

中学・高校時代

努力の甲斐があって、奈良にある中高一貫の学校に入学することが出来ました。「努力は裏切らない」ということを確信することも出来ました。
新しい学校で気合は十分、ここでも1番になろうと毎日毎日勉強していました。
ところが・・・

初めての試験は散々の結果でした。
小学校で1番だった僕が、中学校では真ん中でした。今までの自分が、いかに「井の中の蛙」だったかを思い知らされた瞬間でした。
この出来事があまりにもショックで、それ以来、あれほど頑張っていた勉強に身が入らず、気づけば成績も下降するばかりです。
しかし、そんな現状に危機感を覚えることもなく、学校帰りにはゲームセンターや本屋で時間を潰す毎日でした。

普通なら、3年後には高校受験があります。勉強をやり直すきっかけがあったかもしれません。
しかし、皮肉にも中高エスカレーター式の学校に「努力の甲斐あって」入学したために、ずるずると勉強しないまま時は過ぎていきます。気が付けば、目の前には大学受験が迫っていました。

「大丈夫、尾口はやればできる!」
ダラダラと過ごしている僕に、担任の先生はこう言って励ましてくれました。
僕自身も、小学校で1番の成績を取った過去の栄光にすっかりあぐらをかき、勉強しないにも関わらず、自信だけは持ち続けていました。
そのは、両親からすれば腹立たしいばかりだったと思います。しかし、僕が自分から動き出すのをずっと信じて待ってくれていました。成績が下がったからといって叱られることもなく、ただただ優しく見守ってくれていました。

いよいよ大学受験です。
僕は、そんな回りの優しさに気付くことなく、『やればできる』の言葉だけにすがり、大学受験に失敗しました。
さすがに留年するのは両親に顔向けができず、いたたまれない気持ちから再び猛勉強を始めました。
それはもう!中途半端ではなく猛烈に努力しました。
その結果、無事大学に合格し、『やればできる』という自信をさらに深めることになりました。

大学時代

自然に囲まれた松本の方の大学で、たくさんの友人に恵まれて、仲間と一緒にキャンプイベントなどの企画をしました。
これまで、一人で勉強するばかりでしたが、ひとつの目標に向かってみんなで力を合わせて努力していくことの素晴らしさや達成感を味わいながら、イベントを大成功させることができました。

大学時代も後半になると、がむしゃらに知識の習得に時間を費やしました。前半に遊んで落ちこぼれた分を取り戻すために、尋常じゃないほどの勉強をしました。
体力から考えても、あれ以上の努力はもうできないと思います。

卒業後

大学を卒業した後は、補綴科にいた強みを生かせる医院で勉強と経験を重ねました。
その後、当時お世話になった院長先生にお墨付きをいただき、独立することにしました。

患者のみなさまへ

こうして振り返ると、両親には本当に心配をかけたと思います。今では父と母にとても感謝しています。
僕が歯科医になれたのは、父、母、友人や恩師が僕にくれた優しさのおかげです。これからは、治療を通じて患者さまにお返しすることが、これまで僕に優しさを与えてくれた方への恩返しだと考えるようになりました。

努力は裏切らないことを確信した小学生時代の僕のように、これからもたくさん勉強して、まずは豊中市で一番の歯医者になろうと思います。努力を重ねれば絶対になれる。
なぜなら、僕は『やればできる!』からです。
患者さまにはその過程を、治療を通じて見ていてもらいたい、と思っています。
最高の治療とわかりやすい説明、温かいコミュニケーションをモットーに、真摯な姿勢で治療に取り組み、患者さまが通うのが楽しみになるようにこれからも頑張ります。

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